豊橋市
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内, 検索
豊橋市
とよはしし
国 日本
地方 中部地方、東海地方
都道府県 愛知県
団体コード 23201-7
面積 261.35km²
総人口 375,377人
(推計人口、2010年11月1日)
人口密度 1,440人/km²
隣接自治体 愛知県:豊川市、新城市、田原市
静岡県:浜松市、湖西市
市の木 くすのき
市の花 つつじ
市の歌 豊橋市歌、躍進
豊橋音頭、ちぎり音頭
豊橋市役所
所在地 〒440-8501
愛知県豊橋市今橋町1番地
外部リンク 豊橋市
■ ― 政令指定都市 / ■ ― 市 / ■ ― 町 / ■ ― 村
ウオッちず Google Map bing geohack
mapfan yahoo navitime ゼンリン ちず丸
特記事項
--------------------------------------------------------------------------------
市旗
表示・ノート・編集・履歴 ウィキプロジェクト
豊橋市(とよはしし)は、愛知県の南東部にある都市。中核市に指定されている。東三河地区の中心都市であり、同地区の人口の約半数を占める。1906年(明治39年)に市制施行。ちくわと路面電車の街として知られる。
目次 [非表示]
1 概要
2 市名の由来
2.1 豊橋(とよばし:吉田大橋)
2.1.1 初代大橋鎌倉時代架橋説
2.1.2 初代大橋酒井忠次架橋説
2.1.3 両説に異論の無い部分
2.2 豊川(とよかわ)・豊川(とよがわ)の違い
3 地理
3.1 隣接している自治体・行政区
3.2 人口
4 歴史
4.1 原始時代から弥生時代まで
4.2 奈良時代から鎌倉時代まで
4.3 室町時代から安土桃山時代まで
4.4 江戸時代
4.5 明治から現在まで
4.6 年表(明治維新以後)
5 行政
5.1 歴代市長
5.2 財政状況
6 政治
6.1 市政
6.1.1 市議会
6.1.2 市議会の構成
6.1.3 消防
6.1.3.1 消防署
6.1.3.2 消防団
6.2 県政
6.2.1 県政の豊橋市における拠点
6.2.2 愛知県議会議員
6.2.3 警察
6.3 国政
7 司法
7.1 裁判所
7.2 検察庁
7.3 弁護士会
7.4 刑務所
8 経済
8.1 市下に本社を置く企業
8.2 商業施設
8.3 工業施設
8.4 港湾
8.4.1 取り扱われている自動車メーカー
9 姉妹都市・提携都市
9.1 海外
10 地域
10.1 三遠南信
10.2 在住外国人
11 教育
11.1 大学・短期大学
11.2 専修学校
11.3 高等学校
11.4 中学校
11.5 小学校
11.6 幼稚園
11.7 特別支援学校
11.8 各種学校
11.9 学校教育以外の施設
11.9.1 児童福祉施設(保育所)
11.9.2 指定保育士養成施設
12 主な施設
12.1 博物館
12.2 動・植物園
12.3 文化施設
12.4 医療・福祉・保健衛生施設
12.5 スポーツ施設
13 マスメディア
13.1 テレビ放送
13.2 ラジオ放送
13.3 新聞社
14 交通
14.1 鉄道
14.1.1 概説
14.1.2 鉄道網一覧
14.2 路線バス
14.3 道路
14.3.1 高速道路
14.3.2 一般国道
14.4 主要地方道
14.4.1 一般県道
15 観光
15.1 名所・遺跡
15.2 名産
15.3 自然
15.4 祭り・イベント
16 文化交流拠点
17 豊橋市を舞台とした作品
17.1 映画
17.2 ドラマ
17.3 漫画
18 豊橋市関連の有名人
18.1 武家・大名
18.2 文化・芸術
18.3 芸能・風俗
18.4 学術
18.5 政財界
18.6 スポーツ
19 脚注
20 関連項目
21 外部リンク
概要 [編集]
中世から江戸時代まで市の中心部は吉田(よしだ)と呼ばれていた(吉田という地名は全国各地にあったため、三州吉田と呼ばれることが多かった)。
吉田は豊川と朝倉川の合流地点であり、渥美郡、宝飯郡、そして八名郡の境目に当たる。江戸時代には 吉田藩の城下町、吉田宿の宿場町、豊川水運で栄えた湊町であった。明治2年6月(1869年)の版籍奉還で、吉田から豊橋に改称した。
市徽章は、江戸時代末、吉田城に8代君臨した長沢・松平・大河内(ながさわ・まつだいら・おおこうち)家が用いていた馬印を横から見た形の千切(ちぎり)である。
市民は、「豊橋」を「とよはし」と発音することが多い、またしばしば音が落ちて、「とよあし」と発音されることもある。
東三河の人口の過半数を占める中核市であり、国勢調査推計人口は2007年(平成19年)10月1日現在愛知県第3位。2007年(平成19年)11月1日に発表した外国人登録人口が2万人を超えた。昼夜間人口比率は99.6%と100%を切っている。
三河港と豊川用水を擁し、貿易港と農業を主軸とする。16世紀の今橋城(のち吉田城と改称)建築以来、東三河の中心に台頭し、江戸時代は特に、三州吉田藩の城下町、東海道53次の吉田宿・二川宿があり、幕末には7万石と岡崎藩・西尾藩を超え、旧三河国内では最大の勢力であったもよう。
市名の由来 [編集]
豊橋の名につき以下に述べる。前述の通り明治新政府は当時の三河国吉田藩の藩名が伊予国吉田藩(宇和島藩の支藩)(旧愛媛県北宇和郡吉田町、現愛媛県宇和島市)に似て紛らわしいとのことで藩名変更の命を下した。その命を受け藩主は「豊橋、関屋、今橋」の3つの名を選んだ。新政府はその一番目の「豊橋」を採用して、正式に「豊橋藩」という藩名とすることを命じた。その後廃藩置県の後も豊橋の名が使われる。
豊橋(とよばし:吉田大橋) [編集]
初代大橋鎌倉時代架橋説 [編集]
初代の大橋は鎌倉時代であったという説 1224年(貞応3年)に今橋という橋が架けられたと言う[1]。鎌倉時代の東海道は現在と異なり、現在地(城の辺り)より北で豊川を渡っていた。したがって、東海道がこの橋を渡るようになったのは後のことである。南北朝時代の1366年に橋の南に浄土宗の僧善忠寂翁により悟真寺が建立され勅願寺となった。今橋城築城時、豊川と朝倉川の合流地点には既に「今橋」という橋があり、今橋城はその橋に由来して付けられたと言う。しかし、城が攻められ、「今橋(いまはし)」の音が「忌まわし(いまはし)」に通じ縁起が悪いと言うことで、1522年(大永2年)に縁起の良い「吉田城」へ変更されたと言う。
初代大橋酒井忠次架橋説 [編集]
初代の大橋は室町時代であったという説 以下の『三州吉田記』の記述にあるように、酒井忠次の吉田川(豊川)への架橋以前に、橋は存在しておらず、鎌倉時代の史書(『東関紀行』・『海道記』・阿仏尼の『うたたねの記』および『十六夜日記』)にも、川の浅瀬を渡っていることが記述されている。
なお、1505年築城~1522年まで今橋城(後の吉田城)と呼ばれていたことから、今橋という橋がそれ以前に存在したする説があるが、史料の提示もなく間違いである。また、今橋という城名から、当時やそれ以前に今橋という地名だったとする説があるが、『三河国聞書』には、1498年吉田川という記述があり、当地が吉田と呼ばれていたことは間違いないようである。三河国で橋といえば、八橋が上記の史書にも登場するが、この八橋も橋ではなく、湿地を渡る板のようなものだったらしく、橋の付いた名前が必ずしも、実際の河川を渡るための旅人用の橋に由来するわけではない。
両説に異論の無い部分 [編集]
徳川氏の武将の酒井忠次が、1570年(元亀元年)、関屋口から下地にかけて吉田川(豊川)に吉田大橋(土橋)を架ける土木工事を実施した。その後、池田輝政が、船町を整備し前城主・酒井忠次が吉田川に架けた土橋の吉田大橋を木橋に架け替え、その位置も整備した下流の船町に移動させた。『三州吉田記』に「元亀元年、関屋之渡口始メテ土橋ヲ架ス」とあり、1591年(天正19年)にこの土橋を船町へ移すと記す。江戸時代には、江戸幕府が整備、管理する長さ120間の大橋であった。
この船町の吉田大橋(吉田橋)は、明治時代に架け替えた時、とよばし(豊橋:濁音)と名称を変更した。さらに、昭和に入ってから国道1号を整備した際、その上流(関屋口から下地)に新たに掛けられた橋を、以前の船町で呼称していた吉田大橋(よしだおおはし)と、再び名付けた。この国道整備により、かつての東海道は愛知県道496号白鳥豊橋線として県道になり、正式にはもともと架かっていた県道の大橋(西側の橋)の名を豊橋(とよばし)とするようになった。
豊川(とよかわ)・豊川(とよがわ)の違い [編集]
混同して記載される資料も多いため、以下詳細に記す。
豊川(とよかわ)というのは、古代律令制の三河国宝飯郡豊川郷から由来する。平城宮出土木簡に「参河国寶飯郡豊川郷」。長岡京出土木簡に、「延暦10年豊川里」。鎌倉時代になって、鎌倉街道が整備されると、豊川宿として機能した。鎌倉時代の史書では、『海道記』に豊河の宿。『東関紀行』に「豊川といふ宿」。と記載される。そして、現在の愛知県豊川市に至る。
豊川(とよがわ)は、古代律令制では飽海川(あくみがわ)と呼んだ。この飽海(あくみ)というのは、渥美郡のことで、7世紀までは、飽海(あくみ)と書いたことが835年(承和5年)の木簡(太政官符)から確認されている。その後、中世になって、室町時代から江戸時代まで吉田川と呼称したことが『三河国聞書』から確認できる。1622年(元和8年)成立の『三河物語』においても、吉田河と記載されている。1849年(嘉永2年)の『徳川実紀』においても、吉田川と記載されている。愛知県図書館所蔵の江戸後期の三河国図においても、吉田川と記載されている。
中世から江戸時代まで、豊橋は吉田(三州吉田)と呼ばれていた。明治2年6月の版籍奉還で、吉田を豊橋と改めた。明治2年9月に成立した伊那県足助庁作成の三河国全図に、豊川(とよがわ)と記載されている。
※地名の変遷と共に、川の呼称が変化していることがわかる。
※なお、古代から豊川(とよがわ)と呼ばれていたと主張する資料は、すべて明治以降のものであり、注意が必要である。(上記の史料から、律令制の大和朝廷は、飽海川。江戸幕府は、吉田川。と間違いなく呼称している。)
地理 [編集]
愛知県の南東部に位置している。渥美半島の付け根部分であり、豊橋平野の上に市域が広がっており、高い山はほとんどない(主な山は北東部の石巻山(358メートル)など)。南部は高師原、天伯原と呼ばれる台地となっている。市内を、豊川、梅田川などが流れ、北東部は低い山々(弓張山系)が存在し、静岡県との境界を形成している。市西部の豊川、梅田川河口は三河湾と、市南部沿岸は太平洋と接している。
太平洋岸は片浜十三里(表浜海岸)と呼ばれ、ウミガメの産卵で知られる。三河湾と接する地域は大規模な埋め立て地があり、工業地の他、神野新田など穀倉地帯となっている
中心部を東海道が横断し、吉田宿、二川宿など古くから城下町、宿場町として栄えた。現代でも東海道沿いに中心部を国道1号、JR東海の東海道新幹線、東海道本線、名古屋鉄道の名古屋本線が通っている。三河湾岸の三河港は、自動車や貨物などの輸出入の重要拠点となっている。
気候は比較的温暖であり、降雪も少ない。太平洋(遠州灘)に面しているため、風が強い傾向がある。
川:豊川
海岸:遠州灘
隣接している自治体・行政区 [編集]
愛知県
豊川市
新城市
田原市
静岡県
浜松市(北区)
湖西市
人口 [編集]
豊橋市と全国の年齢別人口分布(2005年) 豊橋市の年齢・男女別人口分布(2005年)
■紫色 ― 豊橋市
■緑色 ― 日本全国 ■青色 ― 男性
■赤色 ― 女性
豊橋市(に該当する地域)の人口の推移
1970年(昭和45年) 258,547人
1975年(昭和50年) 284,585人
1980年(昭和55年) 304,273人
1985年(昭和60年) 322,142人
1990年(平成2年) 337,982人
1995年(平成7年) 352,982人
2000年(平成12年) 364,856人
2005年(平成17年) 372,479人
総務省統計局 / 国勢調査
歴史 [編集]
原始時代から弥生時代まで [編集]
瓜郷遺跡縄文時代の遺跡として嵩山(すせ)の蛇穴遺跡など数件が、弥生時代の遺跡として瓜郷遺跡がある。市域に流れる川の流域には4世紀から7世紀頃の古墳(円墳、前方後円墳)も多く発見されている。なお、豊橋市牛川町で1957年と1959年に約十万年前のものとされる人骨が発見され、牛川原人(牛川人)として紹介されていたが、2001年にお茶の水女子大学の教授である松浦秀治がその骨をフッ素年代測定法で調査したところ、ナウマンゾウのすねの骨という結果が出た。そのため人骨である可能性は低いとされる。
奈良時代から鎌倉時代まで [編集]
律令制(国郡制)の下で、三河国の渥美郡、宝飯郡、八名郡に属したとされる。律令制の下で班田制が敷かれていたとされる遺跡が、嵩山や賀茂などで見つかっている。また、初期の東海道が設置され、飽海川(あくみがわ、現在の豊川)河口には渡し場が置かれた。これは飽海川の渡しと呼ばれ、後に志香須賀(しかすが)の渡しとして『枕草子』の「渡は」の段などでも言及されており、よく知られている。飽海川はその後、吉田川に改称され、明治以降に豊川に改称された。「豊川」とは、現在の豊川市にあった古代集落・宝飯郡豊川郷を指す。
室町時代から安土桃山時代まで [編集]
現在の豊橋市域内の在地有力勢力は、八名郡石巻の西郷氏(岡崎の三河守護代西郷氏と同族)のみ[要出典]。しかしながら、交通の要衝のこの地に目を付けた戸田全久(宗光)が二連木城(豊橋市仁連木町)を築城(1493年)、その後、西方の至近距離に、牛窪城(豊川市)の牧野古白(成時)が今橋城(豊橋市今橋町)を築城した(1505年)。
また、この当時、東三河に今川氏の影響力が及んでおり、北条早雲を総大将とする今川軍が、三河国に侵攻したが、松平長親の前に敗北している。
やがて、西三河をまとめた松平清康が東三河に侵攻、吉田城に篭る牧野信成、宇利城に篭る熊谷氏が防戦したが、他の東三河の勢力も清康に降参し、ここに初めて、松平家による三河国統一が実現される。
しかしながら、森山崩れによって松平清康が横死したため、三河国は大混乱に陥り、東から今川義元、西から織田信秀が侵攻し、三河国は近隣国の植民地化する。松平氏は、今川氏の傘下となる。
復元された吉田城の鉄櫓1560年(永禄3年)桶狭間の戦いで今川義元が織田信長に討たれると、徳川家康は岡崎城に入城し、今川氏真を見限って独立を宣言。1565年(永禄8年)3月に吉田城が開城し、所属の今川軍と主将小原鎮実は遠江国に撤退した。家康は、重臣の酒井忠次を吉田城に入城させ、東三河の旗頭となした。そして、翌1566年(永禄9年)5月には牛久保城(豊川市)に残存勢力を結集していた牧野氏などの土豪なども家康の降伏の勧めに応じて、三河国は家康によりほぼ統一された。
1590年(天正18年)、徳川家康が駿府から江戸に遷ると、池田輝政が吉田城主(15万2千石)となり、城の拡張や城下町の形成、吉田川(豊川)への吉田大橋(現在の豊橋)の建設(酒井忠次による土橋から木橋へ)などが行われた。
江戸時代 [編集]
関ヶ原の戦いの後、江戸時代に入ると、吉田藩が設置され、3万石から8万石程度の譜代大名が治めた。吉田は城下町、湊町(吉田湊)、宿場町(吉田宿)として栄え、二川(豊橋市二川町、大岩町)も二川宿として栄えた。海道の脇街道として姫街道の八名郡嵩山(すせ)に嵩山宿が置かれた。吉田大橋(豊橋)は東海道におけるその重要性から、江戸幕府直轄の橋として管理された。 1752年には、藩主松平信復により吉田城内に藩校時習館が置かれた。
幕末の慶応3年7月27日(1867年8月)、牟呂村(現豊橋市牟呂町)で伊勢神宮のお札が降ったといわれる。江戸時代、最後の藩主は、大河内長沢松平家の大河内信古である。そのため、今の市役所の徽章が大河内長沢松平家の徽章になっている。
明治から現在まで [編集]
版籍奉還直後の明治2年6月(1869年)、吉田は豊橋と改名された。明治4年7月(1871年)、廃藩置県により豊橋県となり、11月には額田県、明治5年(1872年)に愛知県に統合された。大区小区制が施行され、豊橋は第十五大区として管理され、愛知県の豊橋支庁が置かれた。1878年(明治11年)制定の郡区町村編制法により郡や町村が置かれ渥美郡豊橋町となり、1889年(明治22年)に郡制及び町村制を施行し、1906年(明治39年)には豊岡村と花田村を合併し市制を施行した。1932年(昭和7年)に、下地町、高師村、牟呂吉田村、下川村、石巻村多米を編入した。
1888年(明治21年)に東海道線が開通し豊橋駅が開業した。渥美線は1924年(大正13年)に高師~豊島間の開業後、1925年(大正14年)までに三河田原まで開業した。路面電車(豊橋鉄道東田本線)は1925年に開業した。1931年(昭和6年)、豊橋初の百貨店として豊橋丸物(広小路通。1950年(昭和25年)に駅前大通に移転、1973年(昭和48年)に西武との提携で豊橋西武となる)、豊橋市公会堂(八町通)が竣工した。
明治4年8月(1871年)、吉田城趾に名古屋鎮台が置かれた後、1885年(明治18年)には陸軍歩兵第十八連隊が置かれたほか、1908年(明治41年)から1925年(大正14年)までは高師原に陸軍第15師団が置かれるなど軍都として繁栄した。また明治から昭和の初めまでは養蚕業、製糸業が非常に盛んであった。太平洋戦争の最中には、1944年(昭和19年)12月7日の東南海地震と、1945年(昭和20年)6月20日のB29、136機による空襲(豊橋空襲)によって、市街地の7割が焼失した。
終戦後、将来の発展を見越し市街地の大規模な土地区画整理と戦災復興都市計画が実施されている。 又食料対策として高師原、天伯原の開墾と神野新田等の自作農化が行われた。一方で、日本紡績(現・ユニチカ)を始めとした工場誘致活動を積極的に行い、郊外に工場が建てられていった。農工業の発展で新たな水源が求められていた中、1968年(昭和43年)には豊川用水が完成し農業・工業の発展に特に寄与した。
1970年代から30年にもわたって、全国の都市の中で農業粗生産額第1位を続けた。1959年(昭和34年)に完成した豊橋港(現在は三河港の一角)は、三河港の中心として発展した。1980年代以降、市街地の郊外化が進んだ。1999年(平成11年)、中核市に指定された。
年表(明治維新以後) [編集]
1869年(明治2年) 版籍奉還直後、吉田から豊橋と改名。
1878年(明治11年) 郡区町村編制法施行、渥美郡豊橋町となる。
1888年(明治21年) 豊橋駅開業。
1889年(明治22年) 町村制施行。
1895年(明治28年) 渥美郡豊橋町は渥美郡豊橋村を合併する。
1899年(明治32年) 動物園開園。
1906年(明治39年) 市制施行。
1925年(大正14年) 市電(豊橋鉄道東田本線)開業。
1932年(昭和7年) 宝飯郡下地町、渥美郡高師村、牟呂吉田村、八名郡下川村、石巻村多米を編入。
1944年(昭和19年) 東南海地震発生。
1945年(昭和20年) 豊橋空襲。
1955年(昭和30年)3月1日 宝飯郡前芝村、渥美郡二川町、高豊村及び老津村ならびに八名郡石巻村を編入。
1955年(昭和30年)4月1日 八名郡双和村のうち大字賀茂の区域と渥美郡杉山村のうち大字杉山の区域を編入。
1959年(昭和34年) 豊橋港完成(現在は三河港の一角)。
1968年(昭和43年) 豊川用水完成。
1999年(平成11年) 中核市移行。
2006年(平成18年) 市制施行100周年。(2005年8月~2006年12月 「とよはし100祭」開催)
行政 [編集]
歴代市長 [編集]
1906年(明治39年)8月1日市成立[2]。
初代 {1907年(明治40年)1月7日 - 1912年(明治45年)1月10日} 大口喜六
2代 {1912年(明治45年)2月12日 - 1913年(大正2年)3月8日} 高橋小十郎
3代 {1913年(大正2年)8月29日 - 1914年(大正3年)3月28日} 柳原弁吾
4代 {1914年(大正3年)4月27日 - 1916年(大正5年)2月20日} 大口喜六
5、6代 {1917年(大正6年)1月18日 - 1923年(大正12年)8月20日} 細谷忠男
7代 {1924年(大正13年)6月10日 - 1925年(大正14年)12月8日} 吉川一太郎
8代 {1926年(大正15年)8月5日 - 1930年(昭和5年)8月4日} 田部井勝蔵
9代 {1930年(昭和5年)8月30日 - 1934年(昭和9年)8月29日} 丸茂藤平
10代 {1934年(昭和9年)9月3日 - 1938年(昭和13年)7月7日} 神戸小三郎
11代 {1938年(昭和13年)9月17日 - 1940年(昭和15年)12月10日} 大口喜六
12代 {1941年(昭和16年)4月18日 - 1945年(昭和20年)4月17日} 近藤寿市郎
13代 {1945年(昭和20年)5月6日 - 1946年(昭和21年)1月29日} 水野保
14代 {1946年(昭和21年)3月29日 - 1947年(昭和22年)4月4日} 横田忍
15、16代{1947年(昭和22年)4月5日 - 1952年(昭和27年)6月28日} 大竹藤知
17、18代{1952年(昭和27年)7月28日 - 1960年(昭和35年)6月30日} 大野佐長
19 - 22代{1960年(昭和35年)7月1日 - 1975年(昭和50年)3月26日} 河合陸郎
23、24代{1975年(昭和50年)4月30日 - 1983年(昭和58年)4月26日} 青木茂
25 - 28代{1983年(昭和58年)4月27日 - 1996年(平成8年)10月2日} 高橋アキラ
29 - 31代{1996年(平成8年)11月17日 - 2008年(平成20年)11月16日} 早川勝
32代 {2008年(平成20年)11月17日 - 現職} 佐原光一
財政状況 [編集]
2000年(平成12年)(資料で確認できる範囲)から2005年(平成17年)まで、普通交付税交付団体であった。「三位一体の改革」により交付税の削減が行われ、2006年(平成18年)度には交付税不交付団体になった。
政治 [編集]
市政 [編集]
豊橋市役所 〒440-8501 豊橋市今橋町1番地
市議会 [編集]
市議会議員の定数は40人。定例議会は3月、6月、9月、12月に開催される。
市議会の構成 [編集]
議会を構成する委員会は大きく3つに区分される。4つの常任委員会はそれぞれ10名ずつ所属する。
常任委員会(40名)
総務委員会(10名)
環境経済委員会(10名)
福祉教育委員会(10名)
建設消防委員会(10名)
議会運営委員会(11名)
特別委員会
予算特別委員会
一般会計予算特別委員会
決算特別委員会
その他特定目的の委員会
消防 [編集]
消防組織法に基づき、消防機関(消防本部、消防団)が置かれる。
消防署 [編集]
豊橋市消防本部(豊橋市役所内)イメージキャラクター「ヒケッシー」(恐竜)。豊橋市消防長以下、消防吏員を置く。
中消防署 豊橋市東松山町23番地
東分署
前芝出張所
石巻出張所
南消防署 豊橋市曙町字南松原118番地
西分署
二川出張所
大清水出張所
消防団 [編集]
頂点に消防団長(1人)が置かれる。
消防副団長は8人で、第一から第八方面隊の各方面隊の隊長を兼任する。各方面隊は2人の副隊長(分団長格)を置く。
小学校の校区を基本として、分団を置く。分団長、副分団長、部長、班長、団員。
県政 [編集]
県政の豊橋市における拠点 [編集]
愛知県東三河総合庁舎
〒440-8515 豊橋市八町通五丁目4番地
通称、東三事務所(とうさんじむしょ)
愛知県議会議員 [編集]
豊橋市から選出される愛知県議会議員の定数は5人である。
警察 [編集]
愛知県警察本部(愛知県警)の管轄の警察署である。
豊橋警察署 豊橋市八町通三丁目8番地
国政 [編集]
小選挙区は愛知15区にあたる。
第45回衆議院議員総選挙 小選挙区 愛知15区 : 森本和義(民主党)
司法 [編集]
裁判所 [編集]
3つの裁判所が同じ庁舎に存在する。所在地は豊橋市大国町110番地。地方裁判所と家庭裁判所の豊橋支部の管轄範囲は、豊橋市、豊川市、蒲郡市、新城市、田原市、宝飯郡、北設楽郡である。また簡易裁判所の管轄は豊橋市、豊川市、蒲郡市、田原市、宝飯郡である。
名古屋地方裁判所豊橋支部
名古屋家庭裁判所豊橋支部
豊橋簡易裁判所
検察庁 [編集]
検察庁はすべて豊橋市大国町111番地の「豊橋合同庁舎」の最上階である。
名古屋地方検察庁豊橋支部
豊橋区検察庁
弁護士会 [編集]
愛知県弁護士会東三河支部 (会館所在地、豊橋市大国町83番地)
刑務所 [編集]
名古屋刑務所豊橋支所が今橋町に置かれている。
経済 [編集]
かつては、製糸・紡績業が盛んで、戦前の製糸生産量は全国一であった。
キャベツや白菜などの野菜の生産が盛んであり、農業産出額は約500億円に上り、隣接する田原市に次いで県内第2位、全国でも5番目となる。(農林水産統計、平成17年)
市下に本社を置く企業 [編集]
フォルクスワーゲン グループ ジャパン
サーラグループ
東海漬物(「きゅうりのキューちゃん」が有名。)
ヤマサちくわ
永井海苔
精文館書店
豊橋鉄道
武蔵精密工業
豊橋信用金庫
サンビシ(醤油、つゆ等の調味料製造)
夢コーポレーション
めいほうぐるーぷ
オーギヤグループ
物語コーポレーション
ファインモールド
川田模型
樹研工業
甲羅
キャナリィ・ロウ
本多電子
アイセロ化学
イマダ
大陽出版
光陽
大仙
大三紙業
福井ファイバーテック
西島
オートサーバ
東海交通
日鉄トピーブリッジ
商業施設 [編集]
豊橋駅周辺
豊橋駅ビルカルミア
ホテルアソシア豊橋
ココラアベニュー
ココラフロント
ホテルアークリッシュ豊橋
スターバックスコーヒー豊橋ココラフロント店
豊橋丸栄
名豊ビル
豊橋グランドホテル
開発ビル「パセオ」
名豊ミュージック
オリエント楽器
精文館書店本店
FACE豊橋
コムロード(パソコン用品・ソフト販売)
WALTZトキワ店
向山、前田町
アピタ向山店
向山フォレスタ
バロー豊橋店
藤沢町、橋良町
ホリデイ・スクエア(総合商業施設)
ホテル日航豊橋
イトーヨーカドー豊橋店
タイトーステーション豊橋店
エックスボール豊橋店
マクドナルドイトーヨーカドー豊橋店
ミスタードーナツイトーヨーカドー豊橋ショップ
ユナイテッド・シネマ豊橋18
エフエム豊橋
ケンタッキーフライドチキン豊橋店
トップツアー豊橋支店
ヤマダ電機テックランド豊橋店
マックスバリュ豊橋橋良店(マックスバリュ東海経営・2009年9月よりイオンリテールから移管)
神野新田町
コジマNEW豊橋店
ドミー神野店
ジャンボエンチョー豊橋店
野依町
ジャスコ豊橋南ショッピングセンター
大清水町
豊橋南プラザ
マックスバリュ豊橋南店(マックスバリュ東海経営)
カーマ21豊橋南店
ファッションセンターしまむら豊橋南プラザ店
スギ薬局豊橋南店
飯村町、大岩町
パレマルシェ飯村
ラウンドワン豊橋店
カレーハウスCoCo壱番屋ラウンドワン豊橋店
パスタ・デ・ココラウンドワン豊橋店
ケンタッキーフライドチキン豊橋東店
マクドナルド1号線大岩町店
工業施設 [編集]
※三河港明海付近の工業施設に関しては、明海町を参照。
三菱レイヨン豊橋工場
日東電工豊橋事業所
シンフォニア テクノロジー(旧社名:神鋼電機)豊橋工場
ユニチカ豊橋事業所
伊藤ハム豊橋工場
アスモ豊橋工場
港湾 [編集]
豊橋を中心とした三河港は国内屈指の国際貿易港である。特に自動車の輸出入は金額・台数とも全国第一位であり、ドイツのブレーマーハーフェン港と並ぶ自動車輸出入港である。
取り扱われている自動車メーカー [編集]
輸出
トヨタ
三菱自動車
スズキ
輸入
フォルクスワーゲン
アウディ
ポルシェ
ベントレー
ランボルギーニ
フォード
ボルボ
姉妹都市・提携都市 [編集]
海外 [編集]
南通市(中華人民共和国江蘇省)- 1987年(昭和62年)5月友好都市提携
トリード市(アメリカ合衆国オハイオ州)- 2000年(平成12年)4月姉妹都市提携
地域 [編集]
三遠南信 [編集]
豊橋市を初めとする東三河地方は、地理的に政令市の浜松市など遠州西部や、飯田市などの伊那地域(長野県南端部)との交流関係がある。三遠南信という地域圏を自称している。
在住外国人 [編集]
近くの豊田から浜松にかけての自動車産業を中心に労働力の需要が高いため、ブラジルを初めとした南米系の外国人労働者が増え、2007年(平成19年)5月1日現在の豊橋市における外国人登録者数は19,376人にのぼる。愛知県内では、名古屋市(約6万)に次いで外国人が多い。人口に占める外国人比率は、5%に達する。
教育 [編集]
大学・短期大学 [編集]
国立
豊橋技術科学大学
私立
愛知大学
豊橋創造大学
専修学校 [編集]
豊橋市立家政高等専修学校
豊橋市立看護専門学校
あいち情報専門学校
豊橋調理製菓専門学校
高等学校 [編集]
愛知県立
時習館高等学校
豊橋工業高等学校
豊橋商業高等学校
豊橋西高等学校
豊橋東高等学校
豊橋南高等学校
豊丘高等学校
豊橋市立
豊橋高等学校
私立
豊橋中央高等学校
藤ノ花女子高等学校
桜丘高等学校
中学校 [編集]
豊橋市立
豊橋市立石巻中学校
豊橋市立五並中学校
豊橋市立章南中学校
豊橋市立青陵中学校
豊橋市立高師台中学校
豊橋市立高豊中学校
豊橋市立中部中学校
豊橋市立東部中学校
豊橋市立東陽中学校
豊橋市立東陵中学校
豊橋市立豊岡中学校
豊橋市立南部中学校
豊橋市立南陽中学校
豊橋市立南稜中学校
豊橋市立羽田中学校
豊橋市立二川中学校
豊橋市立豊城中学校
豊橋市立北部中学校
豊橋市立本郷中学校
豊橋市立前芝中学校
豊橋市立牟呂中学校
豊橋市立吉田方中学校
私立
桜丘中学校
小学校 [編集]
豊橋市立
旭小学校
芦原小学校
東田小学校
石巻小学校
磯辺小学校
飯村小学校
岩田小学校
岩西小学校
植田小学校
牛川小学校
老津小学校
大崎小学校
大清水小学校
大村小学校
小沢小学校
賀茂小学校
下条小学校
西郷小学校
栄小学校
汐田小学校
下地小学校
新川小学校
杉山小学校
嵩山小学校
鷹丘小学校
高師小学校
高根小学校
谷川小学校
玉川小学校
多米小学校
津田小学校
つつじが丘小学校
天伯小学校
豊南小学校
中野小学校
野依小学校
八町小学校
花田小学校
羽根井小学校
福岡小学校
富士見小学校
二川小学校
二川南小学校
細谷小学校
前芝小学校
松葉小学校
松山小学校
幸小学校
向山小学校
牟呂小学校
豊小学校
吉田方小学校
幼稚園 [編集]
私立
(愛知県私立幼稚園連盟加盟の園のみ記載) 豊橋市に市立幼稚園はない。
曙幼稚園
牛川育英幼稚園
恵日幼稚園
大清水幼稚園
希望が丘幼稚園
悟真寺幼稚園
こばと幼稚園
仔羊幼稚園
寿泉寺幼稚園
寿泉寺いずみ幼稚園
寿泉寺みゆき幼稚園
たかくら幼稚園
高師台幼稚園
高洲若葉幼稚園
豊岡幼稚園
豊橋旭幼稚園
豊橋才能教育幼稚園
豊橋中央幼稚園
豊橋若葉幼稚園
にじの森幼稚園
花園幼稚園
光幼稚園
富士見幼稚園
富士見台幼稚園
二川幼稚園
不動院幼稚園
むさしの幼稚園
ゆめの子幼稚園
特別支援学校 [編集]
愛知県立豊橋養護学校
愛知県立豊橋聾学校
各種学校 [編集]
カンティーニョ学園 - ブラジル人学校。2006年(平成18年)12月に、県内で初めて「各種学校」の認可を受けた。
エスコーラ・アレグリア・デ・サベール 豊橋校
豊橋朝鮮初級学校
学校教育以外の施設 [編集]
児童福祉施設(保育所) [編集]
豊橋市立
牛川東保育園
くるみ保育園
こじか保育園
新吉保育園
津田保育園
私立
(平成19年4月1日現在の認可保育所のみ掲載)
飽海保育園
あしはら保育園
石巻保育園
磯辺保育園
岩田保育園
岩西保育園
植田保育園
牛川保育園
円通寺保育園
塩満保育園
老津保育園
往完保育園
大崎保育園
大村保育園
春日保育園
賀茂保育園
こまどり保育園
三郷保育園
三宝保育園
正林寺保育園
昭和保育園
下条保育園
杉山保育園
嵩山保育園
高師東保育園
高塚保育園
谷川保育園
玉川保育園
長栄保育園
天伯保育園
東部保育園
豊南保育園
豊橋ひまわり保育園
野依保育園
柱保育園
羽田保育園
花ヶ崎保育園
東観音寺保育園
東山保育園
ひばり保育園
福岡保育園
二川東保育園
吉田方保育園
吉田方西保育園
前芝保育園
松葉保育園
みどり保育園
緑ヶ丘保育園
向山保育園
明照保育園
指定保育士養成施設 [編集]
愛知県立保育大学校(平成12年度で閉校)
主な施設 [編集]
豊橋市美術博物館
豊橋市公会堂 博物館 [編集]
豊橋市美術博物館
豊橋市自然史博物館
豊橋市地下資源館
豊橋市二川宿本陣資料館
動・植物園 [編集]
豊橋総合動植物公園(のんほいパーク)
文化施設 [編集]
愛知県豊橋勤労福祉会館(アイプラザ豊橋)
豊橋市民文化会館
豊橋市公会堂
豊橋市中央図書館
豊橋市配本センター
豊橋市視聴覚センター
ライフポートとよはし
ポートインフォメーションセンター「カモメリア」
こども未来館「ここにこ」
りすぱ豊橋(温泉プール、露天風呂、サウナ、トレーニングルームなど)
牛川遊歩公園
医療・福祉・保健衛生施設 [編集]
保健所・保健センター
ほいっぷ(中野町)
災害拠点病院
豊橋市民病院(青竹町)
国立病院機構豊橋医療センター(飯村町)
スポーツ施設 [編集]
岩田運動公園内
豊橋市民球場
豊橋市民球技場
豊橋市民庭球場
豊橋公園内
陸上競技場
豊橋球場
武道会館
豊橋総合スポーツ公園内
豊橋市総合体育館
アクアリーナ豊橋(5~9月:屋内プール、11~3月:屋内スケート場))
豊橋競輪場
とよはし櫻ジム
マスメディア [編集]
豊橋に拠点を置くマスメディアは、FM放送局1社、ケーブルテレビ局1社、新聞社2社である。なお、地元大手メディアの中日新聞社、東海テレビ放送、中部日本放送、メ~テレ、中京テレビ放送は市内に取材・営業拠点等の業務の為、支社,支局を置いている。なおその他の新聞社(朝日新聞社、毎日新聞社、読売新聞中部支社、日刊工業新聞社、静岡新聞社、静岡放送)も置いているところがある。
かつてはCBCラジオが豊橋放送局内に設置した「向山スタジオ」から独自の放送を行っていたが、2001年(平成13年)3月にスタジオを閉鎖した。また、東海ラジオも2000年頃まで豊橋放送局独自の番組を放送していた。
テレビ放送 [編集]
豊橋中継局からの電波で愛知県のテレビ放送はUHFアンテナで一通り受信出来る。尚、岩屋観音から東の地区は二川テレビ中継局を受信している。
三重県のテレビ放送
NHK津放送局総合テレビ(アナログ)31ch又は53ch(デジタル)浜松中継局静岡朝日テレビアナログ波と重なる為受信不可能
三重テレビ(アナログ)33ch又は59ch(デジタル)27ch
三重テレビ等の三重県域の放送は市内西南部や標高の高い高台地域で受信可能。二川地区や市内東南部でも浜松中継局テレビ静岡34chや静岡朝日テレビ親局33chと混信する事があるものの受信可能。
静岡県のテレビ放送
NHK静岡放送局総合テレビ(アナログ)4ch(デジタル)20ch 教育テレビ(アナログ)8ch(デジタル)13ch
SBS静岡放送(アナログ)6ch(デジタル)21ch
静岡朝日テレビ(アナログ)28ch(デジタル)23ch
静岡第一テレビ(アナログ)30ch(デジタル)25ch
テレビ静岡(アナログ)34ch(デジタル)22ch
静岡県のテレビ放送は市内南部や二川地区等、浜松中継局から受信可能。アナログ放送は全局受信可能だが、デジタル放送は瀬戸デジタルタワーと物理チャンネルが被っており、二川地区や市内東南部を除き静岡第一テレビのみが比較的良好に受信出来る。尚、豊橋市内で静岡県の地上デジタル放送を受信している場合はテレビ静岡(リモコンキーID「8」)を除き3桁のチャンネル番号に枝番が付けられる(NHK総合静岡:011-1、NHK教育静岡:021-1、静岡第一テレビ:041-1、静岡朝日テレビ:051-1、SBS:061-1、テレビ静岡:081)。
ラジオ放送 [編集]
エフエム豊橋(FMやしのみ。コミュニティFM局)
豊橋市藤沢町のホリデイ・スクエア内に本社兼スタジオを構え、ホリデイタワーに送信所を設置し放送を行っている。周波数は84.3MHz。
豊橋ケーブルネットワーク(ティーズ。ケーブルテレビ局)
豊橋市小畷(こなわて)町596番地を拠点とする。
隣接局
浜松エフエム放送(FMハロー。コミュニティFM局)
浜松市のアクトタワーに送信所を設置する静岡県西部のコミュニティ放送局。豊橋市内での聴取率も高く、番組内でも豊橋の話題が出ることがある。周波数は76.1MHz。
エフエムキャッチ(Pitch FM。コミュニティFM局)
刈谷市のコミュニティ放送局。
新聞社 [編集]
シェアは他の近隣自治体同様中日新聞が多数を占めている。次いで朝日新聞、毎日新聞、読売新聞などが続く。地元紙の東愛知新聞や東海日日新聞は1万部以下と極めて苦戦している。なお静岡県と隣接する地域性ゆえ、静岡県の地方紙である静岡新聞も購読可能である。
中日新聞豊橋総局
東海日日新聞
東愛知新聞
交通 [編集]
東西の幹線として東海道本線・国道1号が通り、南北の連絡線として飯田線・国道151号などが通る。このため、三遠信における交通の要衝ともなっている。
鉄道 [編集]
豊橋中心部を走る路面電車 概説 [編集]
鉄道事業法上の鉄道駅として中心となる豊橋駅は花田町にあり、全国初の民衆駅である。 市内の鉄道は、東海旅客鉄道(JR東海)、名古屋鉄道(名鉄)、豊橋鉄道の三社によって運営されている。
東海道新幹線が停車し、市内及び、周辺都市への玄関口となっている。 飯田方面にはJR東海飯田線が、田原方面には豊橋鉄道渥美線が伸びている。市内には豊橋鉄道の路面電車(東田本線)(軌道法適用の併用軌道)が走っており、旧吉田城下(豊橋公園前駅・市役所前駅)と豊橋駅・新豊橋駅ができたかつての渥美郡花田村(駅前駅)を結んで市民の足として親しまれている。
鉄道網一覧 [編集]
豊橋駅前路面電車(軌道法適用)以外の鉄道(鉄道事業法適用)の中心駅:豊橋駅
東海旅客鉄道(JR東海)
東海道新幹線
豊橋駅
東海道本線
豊橋駅 - 二川駅
飯田線
豊橋駅 - 船町駅 - 下地駅
名古屋鉄道
名古屋本線
豊橋駅
豊橋鉄道
渥美線
新豊橋駅 - (花田信号所) - 柳生橋駅 - 小池駅 - 愛知大学前駅 - 南栄駅 - 高師駅 - 芦原駅 - 植田駅 - 向ヶ丘駅 - 大清水駅 - 老津駅 - 杉山駅
東田本線(市内線:路面電車)
駅前駅 - 駅前大通駅 - 新川駅 - 札木駅 - 市役所前駅 - 豊橋公園前駅 - 東八町駅 - 前畑駅 - 東田坂上駅 - 東田駅 - 競輪場前駅 - 井原駅 - 赤岩口駅
井原駅 - 運動公園前駅
路線バス [編集]
豊鉄バス
名鉄バス東部
コミュニティバス東部東山線
道路 [編集]
国道1号・国道23号・国道259号が交わる西八町交差点国道1号が市内を縦断しており、自動車交通の中心となっている。交通量が多く、全て平面交差であるため、中心部では慢性的な渋滞が発生している。特に、西八町交差点では国道1号、国道23号、国道259号が交わるため渋滞が発生しやすく、周辺道路にも影響を与えている。
このため、市街地を避けて通る地域高規格道路の国道23号名豊道路の一部である豊橋バイパス・豊橋東バイパスが、豊橋市の田園地帯を抜けるような形で建設中であり、渋滞緩和へ大きく期待されている。 豊橋バイパスの野依IC~神野ICは開通しているが、神野IC〜東三河ICは2011年度に開通予定となっている。また、全線開通に備え2005年には豊川橋が無料化となった。豊橋バイパスに接続する豊橋東バイパスの整備は遅れていたが、2011年度に全線開通の予定である。
田原市緑ヶ浜、明海町方面の交通分散化のため、国道259号バイパスの建設が進められている。
環状線では豊橋環状線および東三河環状線が、ゆっくりではあるが着実に整備が進められている。また、豊橋・豊橋東バイパスの開通に合わせ、各インターチェンジと市街地を結ぶ都市計画道路の建設・拡幅工事も行われている。
東名高速道路は、市域の北端を通過しているが、市内にはインターチェンジは設置されていない。このため、豊川IC(豊川市)や音羽蒲郡IC(豊川市)、三ヶ日IC(浜松市北区)、浜名バイパスを経由して浜松IC(浜松市東区)などを利用するしかない。伊勢湾口道路の計画もあり、現実化すれば三重県伊勢市までのアクセスが便利になることが予想されている。現実実現段階では無い、もしも伊勢湾口道路を開通させるなら伊良湖水道にトンネルを掘って開通させると予想されている。
※国道23号BPの一部である。豊川橋の無料開放に続き、本坂トンネルも2008年(平成20年)4月1日より無料開放された。
市内東部の国道1号の県境付近の上り線では、静岡県警の電光掲示板が設置されている。交通情報・交通案内は静岡県の物に準ずる。
高速道路 [編集]
東名高速道路
東名豊橋北BS
一般国道 [編集]
国道1号
潮見バイパス
国道23号
豊橋東バイパス(建設中)
(東細谷IC) - (細谷IC) - (小松原IC) - 七根IC - 野依IC
豊橋バイパス
野依IC - 大清水IC - 大崎IC - 豊橋港IC - 神野新田IC - (豊川橋南IC) - (前芝IC)
国道42号
国道247号
小坂井バイパス
国道259号
植田バイパス
国道362号
本坂トンネル
主要地方道 [編集]
愛知県道2号豊橋渥美線
愛知県道3号豊橋湖西線
愛知県道4号豊橋大知波線
愛知県道31号東三河環状線
愛知県道69号豊橋鳳来線
愛知県道81号豊橋新城鳳来線
一般県道 [編集]
愛知県道143号豊橋停車場線(駅前大通)
愛知県道173号湖西東細谷線
愛知県道375号前芝国府停車場線
愛知県道379号石巻山線
愛知県道380号豊橋一宮線
愛知県道381号豊津石巻萩平線
愛知県道385号前芝小坂井停車場線
愛知県道386号平井牟呂大岩線
愛知県道387号清須下地線
愛知県道388号大山豊橋停車場線
愛知県道393号豊橋港線
愛知県道394号中条豊橋線
愛知県道397号城下豊島線
愛知県道400号豊橋豊川線
愛知県道401号太田中原線
愛知県道403号細谷二川線
愛知県道403号細谷二川線
愛知県道404号小松原二川停車場線
愛知県道405号小松原小池線
愛知県道406号東七根藤並線
愛知県道407号伊古部南栄線
愛知県道408号野依植田線
愛知県道409号東赤沢植田線
愛知県道410号伊古部老津線
愛知県道411号城下老津線
愛知県道496号白鳥豊橋線
愛知県道499号石巻萩平豊川線
愛知県道502号豊橋環状線
愛知県道503号六連杉山線
観光 [編集]
吉田城の石垣
豊橋公園(奥の建物は豊橋市役所) 名所・遺跡 [編集]
豊橋公園
吉田城跡
豊橋市美術博物館
三の丸会館
二連木城跡(大口公園)
大津城跡(高縄城)
月ヶ谷(わちがや)城跡
吉田神社;(明治2年の三河国全図;伊那県足助庁印では、須佐男社になっている。)
安久美神戸神明社(豊橋神明社)
豊橋市公会堂(登録有形文化財)
豊橋ハリストス正教会(重要文化財)
牛川の渡し
岩屋観音(大岩寺)
二川宿本陣資料館
瓜郷遺跡
前芝の燈明台
嵩山の蛇穴
吉田三ヶ寺 龍拈寺、神宮寺、悟真寺
臨済寺(小笠原氏の菩提寺。茶道宗徧流ゆかりの寺。)
全久院(戦国武将戸田全久の菩提寺)
普門寺
赤岩寺
湊神明社;(明治2年の三河国全図;伊那県足助庁印では、神明社になっている。)
東海道名所図会では、牛頭天王祠(放花炮 六月十五日祭式)と記載されている。
聖眼寺;(明治2年の三河国全図;伊那県足助庁印では、下地の正眼寺になっている。)
(徳川家康の馬印→金扇の発祥伝説。松尾芭蕉の句碑もある。) ただし、東海道名所図会には、下地の聖眼寺の名前および松尾芭蕉の句碑の記載はない。;知立神社の解説には、芭蕉句牌の記載あり。
名産 [編集]
ちくわ
豊橋カレーうどん
ゆたかおこし - 若松園
菜飯田楽
五平餅
ハゼの佃煮
ウズラの卵(生産量日本一)
大葉 しその葉(生産量日本一)
次郎柿(生産量日本一)
豊橋筆(生産量日本第2位)
手筒花火
自然 [編集]
葦毛湿原
賀茂しょうぶ園
石巻山
祭り・イベント [編集]
春祭り(1月下旬~5月上旬)
豊橋神明社の鬼祭(重要無形民俗文化財)(2月10日・2月11日)
花しょうぶまつり(5月下旬~6月中旬)
納涼まつり「夜店」(6月毎週金・土・日)
豊橋祇園祭(7月第3金・土・日曜日)
みなとフェスティバル(7月第3月曜日)
炎の祭典(9月第2土曜日)
羽田祭(10月第1土・日曜)
二川八幡神社例大祭(10月第2土・日曜日)
豊橋まつり(10月第3土・日曜日)
飽海人形浄瑠璃(11月第3日曜日)
とよはしまちなかスロータウン映画祭(10月末~11月の土日、祝日、2002年- )
豊橋エコテクノレース
ものづくりフェアin東三河
豊橋花祭り
朝市[1]
一五(イチゴ)の市:毎月1、5,11,15,21,25日(羽田八幡宮境内と参道)
二七(ニシチ)の市:毎月2,7,12,17,22,27日(西松山町)
三八(サンパチ)の市:毎月3,8,13,18,23,28日(前畑町)
四九(シク)の市:毎月4,9,14,19,24,29日(広小路4・5丁目)
六十(ロクト)の市:毎月6,10,16,20,26日(富本町、柱一番町)
文化交流拠点 [編集]
日本アマチュアオーケストラ連盟本部
豊橋日独協会
豊橋市を舞台とした作品 [編集]
映画 [編集]
風に逆らう流れ者
REX 恐竜物語
菊次郎の夏
1リットルの涙
早咲きの花
陽気なギャングが地球を回す
ヘブンズ・ドア
旭山動物園物語
ちゃんと伝える
ドラマ [編集]
官僚たちの夏
漫画 [編集]
こちら葛飾区亀有公園前派出所 第66巻第6話で両津勘吉が上空からお下劣写真を落としたのは豊橋市内ということになっている。
新世紀エヴァンゲリオン21話ネルフ、誕生で冬月がセカンドインパクト後もぐりの医者をしていたのは豊橋市跡である
豊橋市関連の有名人 [編集]
武家・大名 [編集]
牧野古白(牧野古伯とも。元は牧野成時(まきのしげとき)。初代今橋城(後の吉田城)主。菩提寺は吉田山龍拈寺。)
戸田宗光(戸田全久(法名)。初代二連木城城主。戸田松平家ほか、大名、高家、旗本を出した戸田氏中興の祖。菩提寺は全久院。)
牧野信成(まきののぶしげ。今橋(吉田)城主。今橋城を吉田城に改名。)
酒井忠次(吉田城主。徳川四天王筆頭。東三河の旗頭)
西郷清員(西川城主。2代征夷大将軍徳川秀忠の生母西郷局(お愛)の養父。)
松平康長(最後の二連木城主。戸田松平家の祖。後に松本城主)
池田輝政(吉田城主。吉田時代は照政。徳川家康の娘の婿。西国将軍)
小笠原忠知(吉田城主。向山大池を造り、大池より水をひき、吉田城外濠に水を入れた。菩提寺は臨済寺。宗徧流茶道の祖、山田宗徧を迎える。)
松平信明(まつだいらのぶあきら。吉田城主。老中首座。小知恵伊豆)
大河内信古(おおこうちのぶひさ。寺社奉行、大坂城代歴任。最後の吉田城主)
文化・芸術 [編集]
ダニイル主代郁夫(キリスト教聖職者 日本ハリストス正教会首座主教、東京の大主教及び全日本の府主教)
井上靖(芥川賞作家。北海道旭川市出身。一時、豊橋に住む。また、自伝的作品しろばんばに若松園が登場。)
山田宗徧(茶道宗徧流の創始者。千家の宗旦四天王の一人。藩主小笠原忠知により吉田藩に招かれる。)
菅江真澄(『菅江真澄遊覧記』江戸の文化人類学者)
村井弦斎(『食道楽』の著者)
澤井啓夫(漫画家)
中村直吉(明治時代の冒険旅行家)
中村正義(画家)
星野眞吾(画家)
松井守男(画家・レジオンドヌール勲章受章者)
荒木淳一(画家)
富安風生(俳人)
丸山薫(詩人)
木藤亜也(『1リットルの涙』著者)
宮城谷昌光(小説家。時習館高校卒業)
河野義行(ノンフィクション作家)
芸能・風俗 [編集]
松平健(俳優)
川合伸旺(俳優)
平田満(俳優)
三ツ矢雄二(声優。タッチの上杉達也など)
野川さくら(声優)
岩田さち(タレント)
福井仁美 (タレント、スポーツキャスター)
宮野久美子(タレント、元おニャン子クラブ会員番号51)
LOOSELY(ロックバンド)
ジェイル大橋(聖飢魔IIの元ギタリスト)
大津美子(歌手)
松井玲奈(アイドル・SKE48・AKB48)
岩瀬立飛(ジャズドラマー)
喜多郎(シンセサイザー奏者)
伊藤雪彦(作曲家)
馬飼野俊一(作曲家・編曲家)
馬飼野康二(作曲家・編曲家)
大内順子(ファッションデザイナー)
島田彩夏(フジテレビアナウンサー)
横田光幸(テレビ信州アナウンサー)
鈴木理香子(青森朝日放送アナウンサー)
杉田成道(フジテレビプロデューサー、『北の国から』演出家)
蝶々 (エッセイスト)
学術 [編集]
小柴昌俊(ノーベル物理学賞学者)
荻野久作(荻野式)
新堂幸司(法律学者)
政財界 [編集]
上村千一郎(衆議院議員)
村田敬次郎(衆議院議員)
太田昭宏(衆議院議員、公明党代表。新城市生まれ、小学校から高校まで豊橋市)
新間正次
スポーツ [編集]
藤井淳志(プロ野球選手 中日ドラゴンズ)
森福允彦(プロ野球選手 福岡ソフトバンクホークス)
鈴木明子(女子フィギュアスケート選手)
武雄山喬義(大相撲力士)
山本左近(レーサー)
清川正二(水泳選手 ロサンゼルスオリンピック金メダリスト、国際オリンピック委員会(IOC)副委員長)
松下浩二(卓球選手)
岩水嘉孝 (陸上競技3000m障害)
脚注 [編集]
^ 今橋架橋の年は、次の資料によると1224年(貞応3年)となっている。『豊橋百科事典』豊橋百科事典編集委員会編、豊橋市文化市民部文化課、2006年12月1日、「今橋」の項。
^ 市長不在時期が多々ある。
関連項目 [編集]
豊橋 - 曖昧さ回避ページ。
東三河
三遠南信(三遠信)
渥美郡
明海町
八百間通り
豊橋市役所
保健所政令市
三河吉田藩(豊橋藩)
吉田城 (三河国)
吉田宿
二川宿
関連する氏族
大河内氏
二川氏
三河真木氏
三河牧野氏
長沢松平家
外部リンク [編集]
ウィキメディア・コモンズには、豊橋市に関連するマルチメディアがあります。行政
豊橋市
観光
豊橋市 - ウィキトラベル
豊橋観光コンベンション協会
豊橋市